一喜一憂小説効果

これだけ感情をぐるぐる動かされるのも小説ならではですよね!今日は泣いて、明日は笑って?それで明々後日はもっともっと笑っていたい♪

この画面は、簡易表示です

新発見は大切★

今まで読んでなかったジャンルも、小説おすすめサイトをきっかけに大好きになりました。こういう新発見はいつでも大切!でもなかなか自分だけではきっかけを作れないので、おすすめしてくれるところがあると本当に助かります。


図書館通いから学んだマネー術

ここ数ヶ月の間、図書館通いが日課になりつつあります。高台に立つこの建物は大きな窓がたくさんあり、ソファ席に座り本を読みながらついついウトウトしてしまう人々を目にすることもしばしばです。
私も何冊かの本を手にイスに座り心地よい空間で睡魔に襲われることもあるのですが、図書館通いが生活に根付いてからというもの家計やお金に関する作品をよく読むようになりました。こういった作品を読んでいるとついつい夢中になってしまい、睡魔は遥かかなたに遠のいてしまうものです。そして世の中には実にたくさんのマネー本が流通していることに気付かされます。フィナンシャルプランナーが手掛けたものから手軽に出来る主婦の節約術まで、読んだ分だけたくさんの知識や方法を得ることができるのです。
なかには作品を読みながら実行に移すべく、プランや家計簿の書き込みができるものもあるため、これらを上手に活用すれば自分に合ったお金の使い方をマスターできるのではないかと思います。
私が読んだ中で最も印象的だったものは、使った金額を嗜好品、必需品、自分への投資、というカテゴリー別に分けて分析するという方法が記された作品でした。この項目の中で「自分への投資」というカテゴリーは友人や知人との飲み会についても分類します。例えば日頃の愚痴ばかり話すような場は嗜好品的な要素が強いため投資ではないそうです。反対によい話が聞けて明日からの原動力に繋がる場であればそれは「自分への投資」のカテゴリーに入るそうです。また映画鑑賞、読書、美術鑑賞なども投資の一つとして考えるなど、お金を通して生きることも学べるとてもよい本でした。
しかしながら価値観や考え方は千差万別です。また著者の数だけ幾通りものマネー術があるものです。そのため何が自分にとってよいものなのかは己を知り、チョイスすることが大切なのだということを改めて考えさせられました。




味は写真ではわからない

私は旅番組や各国のエッセイ、料理本などが大好きです。実際にそこに行かなくても行ったような気分を味わえるのですから素敵ですよね。しかし母はどれもあまり好きではない様子。理由を聞いてみると「行ったり食べたりしなくちゃ意味がないじゃない」とのことでした。
たしかにどんなに文章が上手なエッセイを読んでも、実際の味が口に広がることはありません。写真は香りを運んでくれず、実際に私がいるのは日本の自室でもあります。でも海外なんてちょこっと行ける場所ではないのですよ。だからこそ、本で旅行を楽しむのです。
そんな母は先日父と国内ですが旅行に行き、たくさんのお土産を買って帰ってきました。定番のおまんじゅうにおせんべい、お漬物。いつも購入してくれるしおりに、なぜかぬいぐるみ。その他私以外の人に配るものもたくさん。だからいつも行きより帰りがたいへんなんですよね。
それらのものを食べながら、行かなきゃ意味がないと言った母の気持ちが少しわかった気がします。だってあんこいっぱいのおまんじゅうは甘くて食べ応えたっぷりで、こちらではなかなか変えない漬物はご飯のおともにぴったり。要はとても美味しかったんです。やはり文章やイラストの二次元よりも、三次元で楽しむのが一番ですね。




昔の本を後世に

友人の父は漫画が大好きだそうで、庭には大きな倉庫兼書庫があるそうです。そのため彼女は、自分が生まれる以前のコミックスを大量に読んでいます。反面、新しいものにはちょっと疎いところもあり、別の友達からは「同年代だよね?」とからかわれることも。しかし私は、そんな彼女がちょっと羨ましいです。だって、今後出版される本は自分で買えますけれど、古い物は集めるのが大変なんですもの。それが生まれたときから大量にあるなんて、いいですよね。
我が家の場合しっかり揃っていたものといえば、祖父母が全巻集めていた百科事典くらいしかありません。しかし当然子供には難しいものですから、利用した覚えはないですね。祖父母が亡くなったのちは処分してしまいましたが、今思えば非常に勿体ないことです。
もし私の本がいつか役に立つのならば、私は集めているものを全部綺麗にとっておきたいと思います。不動産的な問題は避けられませんので、可能な限り、とついてしまうのが残念なところではあるのですが……。友人の家族のように庭に書庫をつくることができればいいんですけどね。昔で言う倉みたいなものでしょうか。
でも頑張って、いろいろとっておきますよ。そうしたら、いつか誰かが楽しんでくれるかも知れませんからね。




嵐と『三匹のこぶた』の思い出

何かの拍子に窓が揺れ、思いだしたのは嵐の日の事です。ごおごおと風が吹いているときはいつも、家が飛ばされてしまうのではないかと心配になります。それと同時に思いだすのは『三匹のこぶた』のお話です。絵本に出会ったのは幼児の頃でしたが、母を質問攻めにした記憶がありますね。「ねえ、家ってこんな簡単に壊れちゃうの? うちは大丈夫?」なんて。小さな私は、お話の中のことと、現実でのことの違いがわからなかったんですね。ちょうどそのときは外が大荒れのときだったので、不安もあったのでしょう。親も返事に困っただろうと思います。
こうして思いだす過去があるというのはいいことだなあと、いつだったか、雨の音を聞きながら思いました。たったひとり自室にこもっていても、懐かしい記憶があれば気晴らしができます。私はもう大人なので、雨風が怖いと誰かに泣きつくこともできませんからね。そして少々気が落ち着けば、あとは本を読んで時間を過ごします。そうすれば一日なんてあっという間。大事なのはできるだけシリアスな話を選ぶということです。その方がいろいろ聞こえてくる音に気をとられません。
お菓子を用意して、本を抱えて部屋の中でのんびりと。これが私の嵐の日の過ごし方です。




本屋の特集コーナーで再会したイラストレーターの作品達

個性的な品揃えが豊富な書店へ立ち寄った時のことです。以前から気になっていたイラストレーターの作品が特集されているコーナーがありました。この作家は化粧品メーカーなどのイラストなどを手掛けているので、一度は作品を目にしたことがある人も多いと思います。私が彼女の作品と出会ったのは駅構内の本屋の棚に並べられていたぬりえ本がきっかけでした。大人でもぬり絵を存分に楽しめるような繊細かつおしゃれなイラストのため、鑑賞するだけでも価値がある本だと感じました。それから歳月が経ち先日訪れた書店で彼女の特集コーナーを見つけた時には、思わず嬉しさがこみあげてきました。幾つかの書籍の中でもネコとぬいぐるみの出会いと別れを描いた絵本は優しくも切なくて、パラッと目を通しただけででもジーンと胸が熱くなったものです。この作家は色々な媒体のイラストを描いていますが、主に猫が登場するものが多いのも特徴です。猫の表情が大人びておりどこか愛くるしくて思わず抱きしめたくなるような衝動に駆られます。そして何よりも美しくて繊細な絵のタッチは今まで出会ったことのない素晴らしいアートだと感じています。近々またこの書店に立ち寄った時には、絵本を購入して家でじっくりとその世界に浸ってみようと思います。疲れた時などはきっと気持ちがほがらかになり温かい気持ちになれるのではないかと期待します。




雑誌の古今東西を思う

今からかれこれ10年以上も前のことでしょうか。私が故意に読んでいた雑誌がありました。その雑誌は映画やライブ情報、お笑い芸人や脚本家の連載記事などが載っているエンターテイメント性が高いものでした。今ではインターネットで調べることが出来る情報が一冊の書籍にまとまっており、いつも楽しく読んでいました。週に1度発売されていたため、月に2回位の頻度で購入してその時上映されていた映画や開催されるライブ情報をくまなくチェックして足を運んだものでした。映画記事に関しては上映スケジュールだけではなくあらすじも書かれていたので、見たい映画作品をじっくりと選ぶことができたものです。最後にこの雑誌を読んだのはいつだか覚えていませんが、今でも当時のことを思い出すことがあります。少々分厚いこの本を鞄に入れて電車の中でじっくりと読んだり、寝る前の布団の中で週末の予定を経てるための参考にしたものです。今ではネットが普及してとても手軽に簡単に欲しい情報が手に入ります。便利な社会になったことをとても嬉しく思うと供に当時のことがとても懐かしくなるものです。雑誌は社会の変化と供にその時代に合った形態のものが発売されるものだと思います。新しい媒体の書籍がたくさん発行されることを楽しみにしつつも、過去に発行された書籍を読んだ思い出も大切にしておきたいと思います。




お裾分けから思う丁度良い距離の人間関係

ちょっとしたお裾分けを頂くことは嬉しいものです。私の友人は先日、同じ敷地内に住む大家さんから梅干しを頂いたそうです。「半年位は持つからゆっくりと食べなさい」と大きめのタッパ2つ分に詰まった梅干しを差し入れてくれたと話していました。丁度良い塩梅の梅干しを日々大切に食べているそうです。
私はめっきり減ってしまったご近所付き合いが今でも残っていることを聞くと嬉しくなりました。そんな話を聞くと古き良き昭和の時代を思い描くことができて心が暖まります。同時に以前読んだお気に入りのマンガの一コマを思い出しました。このマンガは緑豊かな公園が近くに建つ古いアパートに住む夫婦の日々の生活が書かれたもので、ゆったりとした二人の生活が心に残るよい作品となっています。かれこれ5年位前に購入したマンガですが、今でも思い返して読む事にしています。この作品にもまたご近所様との交流が描かれています。たくさん作ってしまったカレーをお隣さんに差し入れたり、いきがよい鯛のお刺身をもらったりと美味しそうな食材がお互いの家を行ったり来たりします。こんなお付き合いが出来る関係を少々羨ましく感じます。
丁度良い距離を保つことは難しいかもしれませんが、それはどんな人間関係でも同じです。程よい関係で築くお隣さんとのお付き合いがあれば一人暮らしの心細さも半減するかもしれません。距離感を保ち人とのよい関係を築く大切さをマンガや友人の話から感じています。




文学についての授業

小説家が教壇に立つ授業に参加したいと思うことがあります。作品を読み解くために知っておきたいポイントや文学との出会いなどの話を聴くことができたら、自分のライフスタイルが少し変わっていたかもしれません。
先日読んだ随筆は、この本の著者がアメリカの大学で日本文学についての授業をおこなった時の題材を元に描かれた作品でした。アメリカの大学生はとても意欲的なため、授業の準備はとても大変だったそうです。そのためこの本の作者も生徒と供に小説を読み解く心粋で、本腰を入れて真っ向から生徒と向き合ったことが書かれていました。この授業に参加した生徒達のことをとても羨ましく感じます。こうした心の通った時間を先生と過ごすことは、知識以外にも得るものが多いような気がしたからです。
私は中学時代の国語の時間を思い出すことがあります。一つの作品を読み終わった後に生徒同士でディスカッションをする時間がありました。自分の意見を発することに対してとても緊張しましたが、他者の意見を受け入れるということを教わることができた授業だったと思います。そして文学の捉え方は人それぞれだということを、身を持って感じました。
若い頃の経験は大人になる上でとても大切です。読書を趣味として楽しむ今の自分がいるのは、当時の授業があったからではないかと思います。




小説家という仕事

私の友人達の中には読書好きが高じて、自ら小説を執筆した人がいました。今から十年以上も前のことですが、当時友人がまだ学生だったころ丹精込めて書いた作品を読ませてくれたことがあります。著者の面白くて捉えどころのない性格が反映されたとてもユニークで味がある小説だったことを思い出します。
先日その友人達と会い食事をしました。あれから時が経ち今では立派な父親となっており執筆活動はおこなっていないようですが、本を読む事は続けているそうです。私も彼らと時間を供にしていたころ、小説を書いたことがあります。長編小説を執筆して新人賞に出せたらいいと思って一生懸命に取り組んでみましたが、思うように筆が進まず完成はしたものの部屋の引き出しの奥底に眠っています。とても大変だった思い出が強いのですが一つの作品を生み出すことの達成感は身に染みて分かりました。そして今ではとてもよい思い出として心に刻まれています。作家として生きることは生涯書き続けることであり、自分の人生を刻むことだと思います。以前小説を書いた私の友人達もその苦労を感じたと言っていました。
本を読むことは心を豊かにしてくれるものです。そう感じることが出来るのは作家の苦労があるからだと思います。そしてその苦労や苦悩は読む人の心を動かし、時として大きな助けにもなります。本を書くということはとても大きな仕事なのだと心から感じる今日この頃です。




完読した小説について思うこと

昨晩長編小説を読み終えました。上下巻に渡って書かれており濃厚でかつ心に残る作品でした。この作品を購入してからの2週間、電車の中や休日の午後、寝る前のひと時などあらゆる時間を一緒に過ごしました。一人の若者の10代から20代になる過程で起こったある人生の出来事を記した小説で、生きることや人との関係を考えさせられる実によい作品でした。そのためおよそ半月の間生活の一部として供にしてきた書籍を完読してしまった今、とても寂しく感じます。先の展開が気になって片時も手放せなかったためかもしれません。また主人公の青年の淡々としていながらも現実を受け入れて生きてゆく姿勢にも好感を持つことができました。そのためこの青年と別れることもなんだかとても切なくなってしまいます。しかしながら小説は何度だって読み返すことができます。少し時間が経ち、また読みたいと感じた時にはパラパラとページをめくり本の世界にどっぷりと浸ることができるのです。
私には5年に一度位の割合で読み返す小説やマンガが何冊かあります。その都度感じ方も変わるので自分の感情のバロメーターとしても有効に活用できるものです。この小説も数年経った時に読み返してみようと思います。その時主人公の青年に再開することも楽しみです。